しあわせ地域ケーススタディ02 鎌倉市

若手経営者のIT企業が自然環境のよい鎌倉に集結中

年間約1,900万人の観光客が訪れる古都・鎌倉。歴史的な寺院や神社が数多く、海や山といった自然もあり、おしゃれなカフェやレストラン、雑貨屋も立ち並ぶ、国内外に多くのファンを持つ憧れの町だ。そんな鎌倉に拠点を移すIT企業が増えている。また一方で、「ものづくり」のために移住する若い人たちが増加しているという。それはなぜか?彼らの多くに共通し、実践しているのが、「楽しく仕事をすること」、そして鎌倉のネットワークを利用して、「仲間たちとアイデアをブラッシュアップする」ということだ。

WEB製作を主に手がける、IT企業「村式株式会社」は2007年に東京・目白から鎌倉に移転した。代表取締役の住吉優さん(36歳)は、「鎌倉はデートで来たことしかなかったんですね。同じ業界のカヤックという会社の拠点が鎌倉だったんですが、ホームページを見ると海辺でミーティングしていたりと、ユニークな仕事の仕方をしていたんですね。仕事の内容も自由な発想でおもしろいことをしているし、興味を惹かれて話を聞きにいったんです。そしたら“気持ちのいい環境で仕事するっていいよ。生産的でないわけがない”と言われて。ライフスタイルをまるごと楽しみながら、ビジネスでも成果を出しているんです。触発されましたね。実際、鎌倉に“働く場所”として視察で来てみたら、すごく魅力的に見えてきたんです。僕らの仕事はモニターとにらめっこで、深夜遅くまで仕事するのが当たり前。でも鎌倉だったらアイデアが煮詰まったら、自然も豊かだからちょっと散歩しようという気になる。一緒に会社を立ち上げた仲間に相談したら、みんな鎌倉が好きだったので、移転に同意してくれました」。

鎌倉に移ってきてからというもの、社員のほとんどが夜早めに仕事を切り上げ、土日は家族と過ごすようになった。東京から電車でも車でも1時間は離れているので、ビジネスをする場所としてハンデはある。そのハンデを背負って集まってくる会社は、前述のカヤックやパタゴニア、メイカーズシャツ鎌倉など、経済合理性だけじゃない価値観で、ユニークなビジョンを持っている企業が多いという。「クオリティの高いものを生み出し、ビジネスを成立させている。おもしろい人がいっぱい集まっていて、刺激されていますね」。

ITのスキルを使って、鎌倉の人たちを支援する

大きな転機は、2011年、東日本大震災の一ヶ月後に行われた、鶴岡八幡宮の祈願祭。「宗派を超えて、キリスト教や仏教、神道の信者、鎌倉市民、市長が一斉に鶴岡八幡宮で祈った。感動しました。宗教が違っても共生しながら価値を高めていく。僕たちも何かできることはないのかと思ったんです」。


このことが引き金となって、「この町を愛する人を、ITで全力支援」と鎌倉のIT企業が中心となって結成されたのが、「カマコンバレー」だ。現在は法人会員24社、個人会員57社がメンバーである。毎月行われる定例会には、会員に加えて一般の人たちも参加。鎌倉をよくするアイデアについてプレゼンテーションを行い、そのアイデアをブラッシュアップするために班に分かれてブレストをする。噂が噂を呼んで参加者は毎回増えていき、6月に行われた定例会は100人を超えた。慶応義塾大学SFCの生徒から、主婦、市役所職員、地元の高齢者までと参加者は幅広い。この日は長野・上田でまちづくりをしている青年も視察で参加していた。プレゼン内容は「鎌倉を野鳥の町にしよう」や「鎌倉で活動する若者を輩出するプログラム」など、誰でも親しみやすい内容。だからこそ、地元市民の支持を集めているのだろう。


現在はアイデアを実現させるために、クラウドファンディングサイト「iikuni」も立ち上げた。実現させたいプロジェクトは、そのまま資金集めができるというシステムだ。実現する可能性が高いことで、プレゼンの発表者の熱意もハンパない。ブレストの結果、やりたい人が参加し、実現させるという自由なスタンスだ。今まで実現したプロジェクトは数多く、空き家や空き別荘を活用して鎌倉でプチ移住体験ができる仕組みをつくったり、津波がきたら高いところに逃げるために防災イベントを行ったりと、多岐に渡る。「町をよくするシステムをみんなで話し合い、実現しながら、自分たちのできることをやり、それが仕事にもつながっていく。そうなるのが理想です」と住吉さんは話す。

“ものづくり”で人がつながり可能性が広がるFabLab鎌倉

FabLab鎌倉に集まる人のなかにも、鎌倉が好きで移住した人たちがいる。FabLabとは、デジタルからアナログまでの多様な工作機械を備えた、実験的な市民工房のネットワーク。世界30カ国以上に拠点を構える、個人の自由なものづくりの可能性を拡げる場所だ。職人とデザイナーのものづくりユニットKULUSKAの藤本直紀さん(34歳)と藤本あやさん(31歳)夫妻は広島県出身。東京に上京し、アパレルメーカーでデザインや製作に関わってきたが、ライフワークとしていた、革製品などを使った“ものづくり”を生活の中心にしたいと考えていた。暮らしに働き方を近づけていくことを目標にし、自然環境のよい鎌倉に移住することを決意する。「東京にいた時は、世の中にはものがあふれていて、本当に人に必要とされるものを作るためにはどうしたらいいのか、悩んでいた時期だったんです。だったら、ものづくりの楽しさを伝えようと、鎌倉でワークショップを開いたんですが、そういったことに理解がある人にたくさん出会いました」とあやさん。
 


現在では、大量消費でなく長く大切に使えることや、作りたい人を支援するカタチの一つとして、プロダクト開発に関わったり、ワークショップを開催。FabLab鎌倉にはレーザーカッターがあると聞いて、「福祉作業所の方々との商品のプロトタイプを作るのに役立てられるかも」と訪ねたのが最初だった。FabLab鎌倉と共同で行うことになったのが、「旅するデザインプロジェクト」だ。レーザーカッターを使用して革のスリッパを作り、作り方のデータを公表すること(「オープン・デザイン」)で、そのスリッパが日本全国で作られる仕組みだ。「デザインを公開したことで、いろんなところでスリッパが作られる。たとえば広島では穴がたくさん空いた近未来的なデザイン、仙台では刺繍をほどこしたデザインとどんどんカタチを変えていくのが素晴らしいなぁって」と直紀さんは言う。「旅するデザインプロジェクト」は海を越えてケニアでも実現することに。「FabLabはいつだって開かれている。“ものづくり”といった同じ目的をもった人たちが集まっているから、理解し合えるんです」。


「FabLab鎌倉に集まる人から刺激を受ける」というのは、ハードウェアを開発している、大塚雅和さん(37歳)。元は大手電機メーカーの社員だったが、やりたいこととのギャップが出てきて退社。カヤックに転職し、6年働いた後に独立した。最近、開発したのはiPhoneを使ってリモコンなどの電源を入れることができる、Wi-Fi付きの赤外線リモコン。自分が欲しいもの、周りの友人が欲しいものをコンセプトに製品を生み出している。週に2回はFabLab鎌倉を訪れ 、「ここには自分と同様、欲しいものを作ってみよう、という人が集まってくる。共感できるからこそ、居心地がいいんですよね」と話す。大塚さんにとって仕事は遊びの延長線。そこに境界線はない。ただ、2人の娘と過ごすと決めている水曜日には早く帰るようにしている。そんな生活が満たされているという。


週に一度、オープンラボ“朝ファブ”が午前中に行われており、下は11歳の小学生から上は70歳代の高齢者まで年齢層がさまざまなのに驚かされる。林大雅さん(74歳)は、電機メーカーに務めた後、定年退職。物知り博士でみんなから頼りにされており、この日も“マンネリズム”の語源について知識を披露し、若いスタッフたちを驚かせていた。「毎週一回、参加していますが、みなさんがやっていること、自分がやりたいことをディスカッションの場で話すと頭が活性化する。水割りってあるでしょ?氷が溶け出すと氷がガチャガチャって移動するじゃないですか。そんな状況が頭のなかで起こっている感じです。新しい発想がどんどん湧き出てくる。毎週、楽しくて仕方がないですね」と林さん。


後藤辰郎さん(73歳)、前職はマーケットリサーチや店舗活性計画などに関わっていたという。手先が器用で、レーザーカッターを使った模型などもお手のものだ。「作りたいものが次から次へと出てきますね。次はロボットを作るつもりです。ロボットを作るのが夢でしたから。暴走老人ですよ」と後藤さんは笑う。「林さんも後藤さんも、大学生よりもずっと感性が豊かで、根気がある。20代、30代の参加者が、言葉の由来、意味、鎌倉の歴史、文化など、彼らから学ぶことは多いんです」とFabLab鎌倉主宰の渡辺ゆうかさん。「鎌倉にはいろんな団体がありますけど、お互いが情報共有しながら押し付けがましくない関係性がいいんですよね。忙しくて参加できないときは“次回ね!”で許される。協力できるときは協力する。関われるタイミングがいつでもあるんですよね。それが心地よいんです」と話す。
 


人とのつながりを通して、町をよくする方法を考えたり、“ものづくり”で自分の夢を実現に近づけたり。そのことが、毎日を充実したものにし、仕事を活性化させ、より豊かなライフスタイルへとつながっていく。鎌倉で出会った人たちの笑顔がそれを物語っているといえるだろう。